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痛みの機序と分類

痛みとは

痛みは誰でも経験する感覚です。痛みはつらいし、嫌な感覚であり、出来れば経験したくない感覚です。痛みは、自身の体が傷害される時に感じる感覚です。合目的に考えれば、自分の体を傷害しないように行動を自制させる感覚です。傷害により嫌な感覚(痛み)を感じるわけですから、傷害しないような行動をとるようになるのです。痛みを感じない先天性疾患として、先天性無痛無汗症があります。先天性無痛無汗症患者では、痛みを感じないためどのような行動でも、恐れを感じることなく出来ます。その結果として、下肢を中心に骨折・脱臼・骨壊死、関節破壊などが多発します。また、「他人が痛みを感じる」ということへの理解も欠如することにより、社会生活が難しくなります。このように、痛みは生きていくうえで、とても大切な感覚なのです。

国際疼痛学会によると、痛み(pain)は “A unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage.” と定義されます。この前半は、組織損傷(tissue damage)に伴う不快な感覚であり、情動体験である(unpleasant sensory and emotional experience)と書かれています。ここまでの定義は、日常生活で経験する痛みですので、理解しやすいです。従って、このような痛みを持っている患者には共感できますし、医師として寄り添って「直してあげたい」という感情を抱くようになります。一方後半部分は、このような組織損傷が無くてもそれに似た感覚・情動の不快な体験(痛み)を感じることがあることが示されています。実際の臨床では、どのような検査をしても組織損傷があるように思えないにも関わらず、強い痛みを訴える患者に出会うことは少なくありません。このような患者の痛みを共感することは難しいことです。しかしながらこのような痛みに対しても共感し、患者に寄り添う治療をしなければ、患者の痛みの治療は出来ません。この点が、痛み治療を難しくしています。さらに、痛みの認知には様々な精神・心理的要因がかかわってきます。このようなことが、痛みの治療をさらに困難なものとしています。面白いことに、鎮痛薬には強いプラセボ効果が見られます。大変よく効く鎮痛薬だと思って服用すれば、偽薬でも強い鎮痛効果が得られます。このため、新しい鎮痛薬の臨床治験では、なかなか偽薬以上の鎮痛効果を発揮することが難しいです。

上述の定義の前半の痛みは、痛みとなる刺激が上位中枢で認知され、さらに不快な感情を持ち、情動体験(怒り、恐れ、悲しみなど、比較的急速に引き起こされた一時的で急激な感情の動きのこと)が引き起こされることにより生じます。上述の定義の後半部分の痛みは、痛みとなる刺激は無いにもかかわらず、不快感・情動体験が強く引き出されることにより生じた痛みと考えられます。この点から考えると、上位中枢での痛みの認知が痛みを考えるうえで最も重要なこととなります。ただ、この部分の詳細は十分には理解されていません。最近は、functional MRIなどを用いて人間での痛み認知のメカニズムの研究が進んできているところです。少なくとも、痛みは知覚・情動・認知に係わる上位中枢の領域で処理される過程で生まれる複雑な感覚であることは事実です。痛みは原始的な感覚であると同時に、大変高度な感覚でもあるのです。

痛みの分類と機序

痛みの分類法には、“部位による分類”、“原因による分類”、など、観点から様々な分類が知られています。

部位による分類

部位による分類では、体性痛(体表の痛み)と内臓痛に大別されます。体性痛は鋭い痛みであり、大脳の体性感覚野へ投射され、局在がはっきりしています。一方内臓痛は鈍い痛みであり、投射部位はわかっていません。局在ははっきりしません。

体性痛

体性痛は、体表への刺激により惹起される痛みです。体性痛を起こす刺激には、熱刺激・機械刺激・化学刺激があります。

人は42℃より熱いお風呂には、熱くてなかなか入れません。これは42℃が、熱を痛みと感じる閾値となっているからです。これが熱刺激による痛みです。熱刺激のセンサーとなる受容体には、カプサイシンの受容体でもあるTRPV1があります。TRPV1は42℃で発火します。その他冷たい刺激を感じる受容体として、TRPM1、TRPA1などが知られています。

機械刺激は、圧力による痛みです。皮膚をつねった時に痛みを感じるのは、つねることにより皮膚が圧力を感じ、それが痛みの閾値を超えると痛みとなるのです。圧力を感じる受容体は十分にはわかっていません。機械刺激の受容体としては、メルケル細胞に存在するPiezo2が報告されています。メルケル細胞は触刺激を感じる細胞です。触刺激によりPiezo2が興奮し、メルケル細胞に活動電位が起こります。この結果メルケル細胞から神経伝達物質が放出され、A求心性神経に伝達されます。A求心性神経は、痛み情報ではなく触角情報を伝達する神経線維です。このように、メルケル細胞で感じる機械刺激は触刺激であり、未だに機械刺激による痛み刺激の受容体はわかっていません。

化学刺激は、ブラジキニン、セロトニン、ヒスタミン、H+、プロスタグランジンなどの化学物質による刺激です。各々の選択的受容体に作用し、痛みをおこします。TRPV1はH+受容体でもあります。

内臓痛

内臓痛は、内臓が感じる痛みです。肝臓・腎臓などの実質部は痛みを感じません。内臓痛を生じる刺激は体性痛とは異なり、内臓は熱刺激に反応しません。また、管腔臓器は切られても痛みを感じません。一方、腹膜の過伸展により痛みを生じます。また、平滑筋の痙攣性収縮でも痛みを感じます。このように、内臓痛は体性痛と異なる性質を有しています。

原因による分類

侵害受容器を介する痛み(侵害受容性痛)と、介さない痛みに大別されます。侵害受容器とは痛みを起こす刺激(侵害刺激)の受容器です。前述の、熱刺激・機械刺激・化学刺激の受容器がこれにあたります。侵害受容性痛には、「つねった時痛み」・「熱いものに触った時の痛み」など病的な意味を持たない痛みと炎症による痛み(炎症性痛)が含まれます。侵害受容器を介さない痛みとしては、神経障害に起因する痛み(神経障害性痛)があります。

炎症痛は炎症の4徴(腫脹・発赤・痛み・熱感)の一つで、炎症反応を特徴づけている兆候です。炎症痛を合目的に考えると、「炎症反応を早く終了させるために安静を維持させるためのもの」と考えることができます。神経障害による痛みは、帯状疱疹後神経痛・幻肢痛などが代表的に疾患であり、「体性感覚神経系に影響する病変あるいは 疾病による直接的な結果としての痛み」と定義されています。神経障害性痛は体性感覚神経系の機能消失でしかなく、患者に苦痛を与えるだけです。神経障害性痛の特徴は、アロディニア(触刺激を痛みと感じる)を生じることがあることです。また、電気が走るような痛み(電撃痛)、灼熱痛など日常生活では感じることのない痛みを感じる点です。

炎症性痛は、非ステロイド性消炎鎮痛薬などで治療できる場合が多いです。一方神経が障害されることにより脊髄・上位中枢に様々な変化が起きることは知られていますが、神経障害性痛の発症機序はいまだによくわかっていません。発症機序がはっきりしていないため、その治療は現在十分には出来ていません。

Key Pont:NSAIDsとアセトアミノフェン


参考文献:
1)
Caterina MJ, Schumacher MA, Tominaga M, Rosen TA, Levine JD, Julius D. The capsaicin receptor: a heat-activated ion channel in the pain pathway. Nature. 1997; 389:816-824.
2)
Ikeda R, Cha M, Ling J, Jia Z, Coyle D, Gu JG. Merkel cells transduce and encode tactile stimuli to drive Aβ-afferent impulses. Cell. 2014;157:664-675.
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