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痛みの基礎知識

痛みの診断と評価

1)痛みの原因診断

ペインクリニックには、痛みの原因となる疾患を他施設で診断された患者さんと、痛みの原因が明らかでない患者さんの両者が、受診されます。しかし、われわれは、痛みの原因についての診断をすでに受けた患者さんに対しても、痛みの原因が果たして診断された疾患から生じているものかを確認することが重要であると考えています。

そこで、ペインクリニックでは、新な視点から、表1のような問診、視診、触診、打診などに加え、神経学的所見(感覚 運動 反射)や歩行姿勢なども、診察します。その上で、必要に応じて血液・尿検査、画像検査(単純レントゲン、MRI、CTなど)や神経伝導速度検査、その他の検査を行います。特に、感染症、膠原病、神経変性疾患、腫瘍性疾患などの鑑別は、とても重要です。

患者さんの訴える痛みの原因を、1つの疾患にしぼれるのか、または、複数の病態が重なっているのか、さらに、他の要因の影響を受けていないのか、など、ペインクリニックでの診断は、ひとりひとりの患者さんに対応したテーラーメード診断とも言えます。

2)痛みの評価

患者さんが抱えている痛みを的確に評価することは、必要な治療や有効な治療法の選択につながります。つまり、同じように痛みを発生する疾患を持っている患者さんでも、どれくらい痛みが強いのか、によっても最初に行う治療法は異なってくるでしょう。また、ストレスなどで痛みに悪影響が出ている場合などでは、そのストレス要因を軽減するようなことも必要でしょう。ペインクリニックでは、そこまで、患者さんの痛みを掘り下げて、評価していきます。そのため、痛みを評価する指標は、様々な角度から考えられています。以下に主なものをご紹介します。

A.痛みの強さ(図1)

患者さんの感じる痛みの強さを知ることは重要であり、特定の指標を使用することで、患者さんも医療者も、痛みの程度を情報として共有することができます。1人の患者さんの痛みの推移を追跡することで、治療効果がわかりますが、他者と痛みの強さを比べることはできません。

  1. Visual Analogue Scale(VAS)
    長さ10cmの黒い線(左端が「痛みなし」、右端が「想像できる最大の痛み」)を患者さんに見せて、現在の痛みがどの程度かを指し示す視覚的なスケールです。
  2. Numerical Rating Scale(NRS)
    0が痛みなし、10が想像できる最大の痛みとして、 0~10までの11段階に分けて、現在の痛みがどの程度かを指し示す段階的スケールです。
  3. Verbal Rating Scale(VRS)
    0:痛くない、1:少し痛む、2:かなり痛む、3:耐えられない程痛む、の4段階で答えてもらう段階的スケールです。
  4. Face Rating Scale(FRS)
    患者さんの表情によって痛みの強さを判定する方法です。主に、高齢者や小児において、1や2の方法で答えるこが困難な場合に、使われています。
  5. 機器を用いる評価法
    痛みを伴わない弱い電流刺激に対する反応から算出し、痛みの程度を数値として算出する医療機器を用いる方法もあります。
B.痛みの性質

痛みは、侵害受容器が刺激されて発生する侵害受容性疼痛と、侵害受容器が関与せず、体性感覚系に対する病変や疾患によって直接的に引き起こされる神経障害性疼痛に区別され、両者はそれぞれ特徴的な痛みの性質を持っています。例えば、侵害受容性疼痛では、脈打つような、ズキズキするような、という言葉で表現されることが多く、一方で、電気が走るような、しびれ痛いような、などは神経障害性疼痛の痛みを代表するような言葉と言えます。一方で、恐ろしい、気分が悪くなるような、などの痛みには、身体的要因以外の関与もうかがえます。痛みの性質の判定のために、世界中で様々な質問表が開発されています(表2 表3 表4)。痛みの性質を問診することで、痛みの種類がわかり、病態を把握することができるため、適切な治療法を選択するときに、大いに参考になります。

C.日常生活支障度

痛みにより日常生活にどれくらい影響が出ているか、を評価することは、痛みを治療する上では、重要なポイントです。できるだけ、以前の日常生活に戻れるよう、治療や支援をしていく必要があります。問診からでも、痛みで夜も眠れないか、じっとしていても痛いか、動くと痛いか、外出が可能か、などの情報を採取することは十分に可能です。しかし、さらに詳細に現状を把握するために、様々な質問票が使用されています。その1つである疼痛生活障害評価尺度(表5)は、慢性痛を対象に、痛みでどれだけ日常生活に支障があるかを評価したものです。また、日常生活の支障度と痛みの強さは必ずしも一致しない場合もあり、体の動きに大きく左右される痛みもあれば、体動に無関係な痛みを持っている患者さんもいます。

D.生活の質(Quality of Life: QOL)

生活の質とは、自分らしい生活を送り、幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえるものです。したがって、身体と精神の両者の包括的な健康が保たれていることが必要であり、ペインクリニックの診療や治療は、患者さんの生活の質の向上や維持を目的としています。痛みにより、生活の質が低下することがあるため、その障害の程度や、特にどの部分が損なわれているのかを評価する必要があります。また、特に慢性の痛みでは、痛みの強さを軽減することにではなく、生活の質を保つために、患者さんと一緒に考えて行くことがあります。そのため、生活の質を評価することは、とても重要です。問診からも様々なことを聴取できますが、質問票を使って経過を追うこと有用です。よく使用されるものとして、痛みを含む5項目で構成されたEuroQol(表6)や、身体と精神の両者の健康度を評価する包括的健康QOL尺度であるSF-36などがあります。

E.心理・精神面

一過性の痛みであっても、痛みにより、不安は高まるのは当然であり、痛みが長引けば抑うつも合併します。一方で、抑うつや不安が痛みにも悪影響を及ぼします。また、痛みに対して過度な恐れや無力感、囚われなど、痛みの破局化が強い場合には、悪循環を繰り返すことになります。特に痛みが長引く場合には、心理面の評価を行うことで、痛みに対する向き合い方などを患者さんと医療者が一緒に考えて行く参考になります。心理面の評価を行う質問票として、Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS、不安と抑うつを評価)、Pain Catastrophizing Scale(PCS、破局的思考を評価)の他に、Self-Rating Depression Scale(SDS、うつ状態を評価)やState Trait Anxiety Inventory(STAI、不安の程度を評価)なども使われます。一方で性格などを評価するものとして、矢田部・ギルフォ−ド性格検査、ミネソタ多面性性格テストなどもあります。単一の評価法により痛みを判定することは不可能ですが、いくつか組み合わせることでより客観的な評価に近づけることができると思われます。

F.社会・環境面
患者さんは、それぞれの人生を歩んでおり、価値観も異なるため、痛みの治療やサポートを開始する前に、家族構成、生育歴、職業、学歴、スポーツや趣味、生活スタイルなど、患者さんを取り巻く社会や環境などを知っておくことは重要です。
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