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ペインクリニックで扱う疾患と治療の現在
急性痛:実践と治療
腹部手術における急性痛管理
腹部手術に関わる診療科として、外科(胃外科、大腸外科、肝胆膵外科)や泌尿器科、婦人科、心臓血管外科が挙げられます。近年腹腔鏡による内視鏡を使用した低侵襲手術が増加傾向にあり開腹手術は縮小傾向ですが、手術方法に伴い術後鎮痛方法も変化がみられるのが現状です。腹腔鏡手術と開腹手術の急性痛管理を紹介します。
1.腹腔鏡手術の急性痛管理
腹腔鏡手術の創部は、臍を中心とし、3-4か所の側腹部へのポート刺入部が問題となります。鎮痛方法は、神経ブロックと薬剤の全身投与を主体とした鎮痛方法の2つに分類されますが、手術の種類により神経ブロックを施行しない場合も多いです。神経ブロックの方法は大きく分けて、硬膜外鎮痛法と末梢神経ブロックであるTransverse Abdominal Plane (TAP)ブロックまたは腹直筋鞘ブロックに分けられます。硬膜外鎮痛に関しては、下肢のしびれなど神経障害の問題や低血圧の頻度が増加するという点から、縮小傾向です。そのかわりに、エコーガイドに施行するTAPブロックや腹直筋鞘ブロックは、使用するオピオイドの必要量を減らす点や合併症が少ないという点で適応は増加傾向です。抗血小板薬や凝固薬の使用により神経ブロックを使用しない場合は、COX-2阻害薬またはNSAID、アセトアミノフェンとオピオイドの投与を組み合わせたMultimodal Analgesiaが主体となります。オピオイドを使用したIV-PCA(Patient controlled analgesia)の使用も考慮されますが、嘔気や腸蠕動の低下など副作用の問題もあるため腹腔鏡手術において適応は注意が必要です。
2.開腹手術の急性痛管理
開腹手術の術後痛は、腹腔鏡手術に比較すると創部の範囲が大きいため禁忌がなければ、神経ブロック方法が使用されます。腹部手術において術後鎮痛の管理が不適切であると排痰機能が低下し肺炎のリスクが上昇することもあり、積極的な除痛が必要とされます。神経ブロックは硬膜外鎮痛が主体であり、使用薬剤は局所麻酔薬(0.1-0.2%ロピバカイン)とオピオイドを併用した鎮痛方法が推奨されています。痛みだけでなく腸蠕動を維持する点からも禁忌がなければ硬膜外鎮痛法が好ましいですが、合併症の点から適応には慎重な判断が必要です。PCEA(Patient controlled epidural analgesia)も局所麻酔薬の広がりの問題から鎮痛の質を向上させる点で使用が広く行われていますが、循環動態の変化には慎重な対応が必要です。硬膜外鎮痛が禁忌である場合は、末梢神経ブロック(TAP)とCOX-2阻害薬またはNSAID、アセトアミノフェンとオピオイドの投与を組み合わせたMultimodal Analgesiaが主体となります。IV-PCA(Patient controlled analgesia)の使用は鎮痛の面から有用ですが、使用量に関しては副作用の点で注意が必要です。
神経障害痛とは、体性感覚系の病変や疾患によって生じる痛みであり、例としては神経・脊髄などへの腫瘍の圧迫や浸潤からくる痛みがあります。灼熱感、しびれ感、電撃痛、発作痛、アロディニア(触刺激に伴う痛み)などの症状があります。このような痛みは難治性であることが多く、オピオイドに加えて鎮痛補助薬(抗痙攣薬、抗うつ薬など)が必要となります。心因痛とは、精神心理的要素が 関与する痛みです。がん患者は、がんの進行、特に転移を気にしますし、いろいろなことを自分の病状として厳しくとらえる傾向にあります。医療者の言動や態度が患者に精神心理的に苦痛を与えて、それがさらに痛みを増強させる要因となり得ます。この痛みの対応は難しいものがありますが、少なくとも精神心理的な苦痛を与えないようにする注意と配慮が必要です。
Prospect: 術後鎮痛(大腸切除)Recommendation:
エビデンスレベル | エビデンスレベル | ||
推奨 | 非推奨 | ||
硬膜外鎮痛 | |||
持続投与 | Grade A | ||
オピオイドと局所麻酔薬の投与 | Grade A | ||
全身投与(硬膜外鎮痛が困難) | |||
COX-2阻害薬 | Grade B | プレガバリン | Grade D |
NSAIDs | Grade A | NMDA アンタゴニスト | Grade D |
IV-リドカイン | Grade B | 強オピオイド(皮下) | Grade D |
強オピオイド | Grade B | 弱オピオイド(筋肉) | Grade B |
弱オピオイド | Grade B | ||
アセトアミノフェン | Grade B | ||
創部への局所麻酔薬投与 | Grade B | 創部への持続局所麻酔 | Grade D |
リハビリ(ケアプロトコール) | Grade A |
胸部手術における急性痛管理
胸部手術に関わる診療科として心臓血管外科、呼吸器外科などがあります。MICS(minimally invasive cardiac surgery:低侵襲心臓外科手術)、VATS(Video-assisted thoracic surgery)など低侵襲手術が増加傾向ですが、予後改善のための早期抜管・早期退院を目指した”fast-track anesthesia”の観点からも術後鎮痛の意義はより重要になってきています。異なる作用機序の薬物や、神経ブロックの併用で、痛みと副作用を最小限とした術後鎮痛管理 “multimodal analgesia”が必要です。
3.心臓血管外科手術の急性術後痛管理
術後鎮痛管理は不可欠であり、術後合併症や予後にも影響を及ぼします。術後痛の原因としては侵害受容性疼痛を主とした創傷痛の他、肋間神経障害、腕神経叢障害(開胸器による圧迫、肋骨骨折、体位等による)などの神経障害性疼痛の病態を主とした痛みが生じます。
薬物療法としては侵害受容性疼痛に有効なNSAIDs、アセトアミノフェンなどを使用します。オピオイド(フェンタニル、トラマドールなど)は急性期・慢性期ともに重要な薬剤ですが効果・副作用に注意し調節・中止することが重要です。神経障害性疼痛に有効な薬剤としてはプレガバリン、カルバマゼピン、リドカインなどがあります。
神経ブロックの方法は、脊髄くも膜下ブロック、硬膜外ブロック、傍脊椎神経ブロック、肋間神経ブロック、傍胸骨ブロック等があります。周術期にヘパリンを使用する場合、脊髄血腫のリスクを常に念頭に置き適応を決定します。
4.呼吸器外科手術の急性術後痛管理
呼吸器外科手術の多くは、肋間を切開し胸腔内に到達します。術直後の痛みは非常に強く、深呼吸や咳嗽の妨げとなり呼吸器合併症(浅呼吸、肺炎、無気肺などによる低酸素血症)の誘因となります。また開胸術後痛が遷延し慢性化することも少なくありません。
区域麻酔を併用した鎮痛法が最も有効で、術後呼吸器合併症予防の観点からも勧められます。区域麻酔には硬膜外ブロック、傍脊椎ブロック、肋間神経ブロックなどがあります。傍脊椎ブロックと硬膜外麻酔は同程度の鎮痛効果が得られます。傍脊椎ブロックの方が呼吸機能、循環系への影響が少ないと言われています。
薬物療法としては一般的な鎮痛薬(オピオイド、NSAIDs、選択的COX-2阻害薬、アセトアミノフェンなど)が主体となります。PCA(Patient controlled analgesia)を使用することで高い鎮痛効果と患者満足度を得ることができます。
四肢手術における急性痛管理
四肢手術に関わる診療科として主に整形外科、血管外科および形成外科、皮膚科があげられます。急性痛における薬物療法の主体は、アセトアミノフェン、NSAIDs、弱オピオイド、オピオイドで、神経ブロックは四肢の末梢神経ブロック(腕神経叢ブロック、大腿神経ブロック、坐骨神経ブロック)と硬膜外ブロックが施行されます。Multimodal Analgesiaという概念のもと、単剤で疼痛管理を行うのではなく、それぞれ鎮痛手段の利点を組み合わせて副作用を軽減し早期離床に向けた取り組みが最近の傾向です。
上肢手術の急性痛管理
上肢手術の術後疼痛管理においてMultimodal Analgesiaを行う点で、末梢神経ブロックである腕神経叢ブロックは重要な役割を担います。エコーを使用した腕神経叢ブロックのアプローチは、斜角筋法、鎖骨上法、鎖骨下法、腋窩法に分類されますが、それぞれ手術部位の支配神経を考慮して部位の選択を行います。穿刺は原則神経刺激装置を併用して全身麻酔施行前に施行します。術後のリハビリテーションを促進する上で神経周囲にチューブを挿入し、持続ブロックを行うことも有用であることが報告されていますが、術後の上肢神経症状を評価する上で注意が必要であるため、適応に関しては術者とのコミュニケーションが重要です。薬物療法はアセトアミノフェンとNSAIDs(選択的COX2阻害薬)が中心となりますが、痛みに応じて弱オピオイド及び強オピオイド(静脈内オピオイドPatient Controlled Analgesia: PCA)が併用されます。鎮痛補助薬であるプレガバリンの内服もオピオイド使用量を減らす点で有用性も報告されています。